三保製薬研究所

三保通信「マイナス腸活」のあゆみ

創刊号 1983年5月25日

今、健康を考える(一)

他人のいたみ
他人の痛みというのは、仲々わかりません。私も兄から「おまえも少しは痛いところがあった方がいい。そうなれば他人の痛みがわかるだろう。」というようなことを言われたことがあります。
おかげさまで膝に古傷があるとか、水虫に悩むとか、歯が痛いとか、今年はすでに二度、風をひきました。色々故障を持っているために、勿論自慢になりませんが、以前よりは少しですが他人の痛みがわかるようになって来ました。いや、わかるというより他人に偉そうなことは言えないと、思うようになったと言った方があたっているでしょうか。

自分のいたみ
仕事上、健康についての御質問をよく戴きますが、あまり頼りなさそうな話しも出来ませんので、かなり偉そうなことを言ってしまうのですが、その実、自分でもそうあったらいいなぁと、自分に言い聞かせるつもりでお話ししているのです。
御質問をうかがって、ああこの人はこんな痛みをもっているのか、さぞつらいだろうなと、言うならば痛みを共有するといいますか、共有できないまでも自分にもありそうなことだと思っているのです。

痛みからの開放
痛みを感じなければ、痛みのことなど考えないのがまた痛みの宿命です。出来たら知らずにすませたいのが痛みです。
しかし、世間には痛みという苦しみがなんと多いことでしょう。ある本に「人間の歴史は痛みからの解放の歴史である」と書いてありました。しかし解放への道のりはまだまだ険しく遠いと思えるのです。
いつの時代にもどこかで誰かが苦しんでいます。今にも痛みに崩れ落ちんとしている人々がいることを、忘れることはできません。
私達にできることで大切なことは、他人の痛みを知ることだと思うのです。

自省
私達の仕事も、間違えば「他人の痛みを食いものにする」仕事に落ちかねません。常に自省しなければと、思っています。
太って首が回らなくなりますと、人間が見えなくなります。人間が見えないところで仕事をしても何の役にも立てないだろうと思います。世の中をよく見て仕事をしたいと考えています。(H)

“三保”の意味

羽衣の松の三保半島をご存知の方は「ああ、あの三保でしょう。」と、おっしゃるのですが、三保製薬の三保には別の意味があるのです。(現在は富士山と共に「世界文化遺産」に登録)
それで、その意味を紹介させて戴く前に、三保製薬が羽衣の松の三保と同じ清水市にあるのも何かの縁ですし、いつか清水にお出かけの方のためにも、清水のことをちょっと、お話ししますと。
清水市(現在は静岡市清水区)は静岡県全体から見れば、中央やや東よりにあります。南は駿河湾に面し、三保半島に抱かれるように位置し、北は山梨県、東は由比町、西は静岡市と界を接しています(現在の三保半島は静岡市)。
地形は北部の山地、南部の丘陵、巴川が流れる清水平野、そして駿河湾の沿岸流で運ばれた砂礫が形成した三保半島と、実に変化に富んでいます。 三保製薬のある袖師町は清水平野の東寄りにあって(現在は静岡市清水区中河内に移転)、海の向こう2キロの先に松林がつづく三保半島を望むことができます。ただ袖師の浜は、すでに埋立てられて、現在はコンクリートで塗りかためられました。
さて、その清水にある三保製薬の三保の意味ですが、社マークにもありますように三角形に意味があります。
正三角形の面を四つものつ正四面体は、最小体積にして、最大強度をもつといわれています。テトラパックとか、テトラポットと呼ばれて、商品になっていますが、これらも強度を必要とするために、正四面体の型をしています。
我々のからだも、適正な体格で最も丈夫が理想です。三角形の面で囲まれていますが、三保の三は美(み)に通じて、美しく強く、そして保ちたいという願いが、込められています。
松原の三保とは、意味が違うと申し上げましたが、松原の見える景勝地三保が、すぐ近くにあるのもうれしいことだと思います。
ちなみに、三保の松原の三保半島は、弁天崎、貝島崎、真崎の三つの稲穂状の岬からできているため、古くは、御穂、現在は三保と書くに至っという説や、三保そのものが、神の座を示すという説もあります。(H)